思考の話

思考の言語化が苦手だと思っていたけど、実際は違うだろうって話。

自己認識と現実のギャップ

自分の考えを言葉にすることが苦手だと思っていた。事前に考えていたことでないと、言葉に詰まってしまう。人の話を聞くことが好きでそこそこ上手い。自分の意志を表明したり、人前で話すことが苦手なのは、「思考→言語化」、この流れが上手くできていないからだ。これが自己認識している自分だった。

しかし現実はどうやら違うみたいだ。

人に語れるような意思も考えも持っていないし、深く思考していないだけだ。

多くの人は考えていない、瞬間で感じるだけ

本を読んだり映画を見て「面白かった」「悲しい話だった」といった上澄みの感想は当然持つ。しかし、その話を自分の内面と照らし合わせて何かを考えたり、内容を深く読み込んで記憶するといったことはしない。

一人で体験することだけでなく、パートナー・友人・知人との人付き合いにも共通している。飲み会でも、瞬間で感じて(感情を揺さぶって)終わり。なにか自分の人生のヒントになるような話が出ているかもしれないけど、思考しなければ忘れてしまう。

これは私一人に限ったことではなく、大半の人も同じではないだろうか。

思考する為に。紙に書き出しても、音声を残してもいい。

最近とある人達と話していて、「もやもやした時どうしますか?」と言う話が出た。ある人の答えが、悩める全ての人にオススメしたい方法だった。「とにかく紙に書き出す。頭の中のモヤモヤは外に出さない限りずっと残ってしまう。そして自分の問題と他者の問題がごちゃ混ぜになっている可能性も高い。紙に書き出して自分の問題を認識する。行動可能な単位まで分解してタスクリスト化すれば、あとはひたすらリストを消化すればいい。」

目から鱗が落ちる人も多いはず。

私も紙に書き出すと言う方法がいいと思う。別の方法を挙げるとすれば、音声にして聞き返すこともいい。

会議や飲み会でも雑談でも良い。この人の話はためになると思った人との会話を録音して聞き返せば、場の臨場感を思い出すこともできて理解が深まるはず。※録音の許可は必ずとろう。

自分の言葉にしなければ、人には語れない。

どこかで聞きかじったこと、なんとなく感じただけでは、とっさの場面で口からでてこない。台本を読み上げているドラマの名言は、演じている役者の言葉とはいえないのと同じだ。もし一字一句全く同じ表現だとしても、言葉を発する人が深く思索していれば変わってくるはずだ。

昨年ご縁からイベントに2度登壇する機会があった。

結果は惨敗。その反省が、「人に語れるような意思や考えがなく、深い思考が足りない。」だ。いい経験だったと思う。

まとめ

ここまで「思考の言語化」について書いてきたが、人生に必要なことだとは思っていない。自分の言葉や強い考えを上手に言語化できなくても、生きるのに困ることはないだろう。

「もやもや・思考を紙にかき出す。」これは本当におすすめなので是非やってほしい。

借り物の言葉だが。